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現場の向こうに
41歳 公務員 宮本和臣さん
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優しさの連鎖
28歳 主婦 北村麻衣子さん

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思いのつまったワクチンを
50歳 会社員 藤田恵美子さん
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ハッピールール。
29歳 主婦 早瀬裕子さん
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募金という名のプレゼント
18歳 高校生 浅川由衣さん
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募金箱の向こうの私
37歳 団体・NPO職員 齋藤圭子さん
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銀貨に祈りを
29歳 教職員 鈴木友美さん
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寄付・募金などの支援の実感
16歳 高校生 石川誠さん
現場の向こうに
41歳 公務員/熊本県 宮本和臣さん
私は救急救命士として地方の消防署に勤務している。
多くの現場に出動している中で、子どもの現場も経験する。発熱、けいれん発作、交通事故等、そのほとんどの子ども達は、命に別状が無いことが多い。日本では119番を回せば、当たり前のように救急車が来て、病院で適切な治療ができる。しかし世界ではどうなのか。救急車どころか感染症で毎日多くの子ども達が亡くなっている事実に衝撃を受けた。同時に、感染症を恐れずに生活できる日本の子どもたちは幸せである事に気づき、その幸せを世界の子どもたちに分けてあげたいと考えた。すべての子どもは、幸せに健やかに成長する権利がある。生まれた地域や国で差があってはならない。
私は、「子どもの現場に出動するごとにワクチン5本分を寄付する」と決めた。
現場の向こうにワクチンを待っている子ども達がいると思うと、以前にも増して現場活動にやりがいを感じるようになった。

この方は、きっかけが自分と似ていて、現場と世界への未来を考えていて、とてもシンプルな文章ですが想いの詰まった、ぐっときた作品でした。
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優しさの連鎖
28歳 主婦/山口県 北村麻衣子さん
3月の終わりに突然韓国から宅配便が届いた。6年前に、1日だけ私の実家に体験宿泊をした、韓国人の3人の元留学生からだった。
「震災を知り、心配しています。私達に出来ることを教えてください。」という短い手紙と韓国のお菓子や服が入っていた。
実際は私が住んでいる場所には何の被害もなく、正直に言えば日々の忙しさで彼らのことは忘れていた。
しかし、彼らが震災を心配して連絡を取り合い、私達の為に行動を起こしてくれたことを本当に嬉しく思った。
その日から、私も誰かの役に立てたら、と、わずかな金額ではあるが、月に1度募金をするようにした。その時には必ず、まだ2才半の息子の小さな手から箱に入れさせている。
もう少ししたら、自分のしていることの意味を尋ねてくるだろう息子に、彼らのことを話してやりたい。そして、息子が成長し、今度は自分の判断で、誰かのために出来ることを探してくれることを願っている。

思いもしなかった人からの優しさは、心がほっとしました。誰かから優しさをいただいて、また誰かに優しさを返還したいという想いに、心打たれました。
世界中が衝撃を受けた東日本大震災。遠く離れた異国の人もまだ理解できない小さな子供もみんな自分にできるささいなことをやるだけであたたかい未来に繋がるんだなぁと感じた作品でした。
私のも同じ年の息子がいます。その息子にも人の暖かさ人間は支えあって生きているという現実を自ら考えてくれる子になってほしいと思いました。
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思いのつまったワクチンを
50歳 会社員/静岡県 藤田恵美子さん
「元気になったら、お世話になった友達に恩返しがしたい」と言い遺して、3年間の闘病の末、17歳で息子が永眠。10月の命日で丸4年が過ぎました。病が発覚しても高校サッカー部に所属し、自分の病を明かす事なく学校生活を送りました。60万人に1人という上咽頭ガンでした。時には誤解を受けながらも、病と明かさなかった息子を友人が、支えてくれました。現在、小中等の学校で、息子と、その周りの部活仲間や友人との実話を語る機会をいただいています。そんな折に"世界の子どもにワクチンを"の事を知りました。職務の間の活動です。地球上で……生きられる可能性のある命があるのならば、生きてほしい。息子のように生きたくとも生きられない命を知った私は、微力でも協力したいと思います。1校話すたびに100本のワクチンを贈ろう。生徒が500人以上の学校ならば2倍の200本のワクチンを贈ろう。実話を語ることがワクチンに繋がり、大きな励みになります。

ご自身の悲しみを乗り越え、懸命に生きたご子息と、彼を支えてくれたお友達の優しさ、深い友情を、多くの方々に伝えることに加え、新たにワクチン支援という優しさの連鎖を作り出し、大きな励みとされていることが素晴らしい! と思いました。藤田さんの講演活動が、必ずや幸せの種となり、さまざまな場所に運ばれて、大きな花を咲かせることと信じています。
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ハッピールール。
29歳 主婦/東京都 早瀬裕子さん
コンビニで毎月の公共料金を現金で払うようにしている。おつりを子どもに渡して募金箱に入れさせている。今年全ての公共料金をカード払いから現金払いに変えた。アイデアがあったからだ。毎月一万五千円で公共料金を賄う事、余りを寄付にあて子どもに募金箱へ入れてもらう事。意図とする事は「ハッピーな寄付を続けるルール」である。現金で支払う事により金額に意識が向かってエネルギーの節約に必然的になる事、募金の金額が増えることで家族皆の自信がつく事、支援というのは終わりがないから細く長ける必要がある事を子どもに教える事。全ての工程で幸せが発生するように考えた。私は専業主婦という立場にいる。家事に金額は発生しないし褒められもしない。だけど決められた枠内で頭を使って残したお金は私の価値になると思っている。微々たるものだけどそう言ったものを社会に還元し少しでも社会貢献していく、それが私のルールだ。

早瀬さんは専業主婦。毎日の家事がお金に換算されないことをよく分かっている。ふつう家族もママがみんなのために働くのは当たり前だと思っている。でも、早瀬さんはメゲたりしない。ハッピーになれるルール作り。このポジティブシンキングがいいですね。やり繰りして余ったお金は自分へのご褒美。私ならスイーツのひとつも買ってしまいそう。早瀬さんは、家庭にいながら世界とつながる方を選んだ。だからこの募金は、早瀬さんの、地道だけれどステキな才能を寄付しているのに等しい。プロの主婦としての誇りが光っている。そして、細く長く続けていく支援の大切さに触れている点にも大いに励まされたのでした。
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募金という名のプレゼント
18歳 高校生/京都府 浅川由衣さん
ニュージーランド地震が起こってから1か月後、私は友達と協力してニュージーランド募金の活動を始めた。丁度東北地震が起こってから一週間がたったときだったからか、「どうして日本ではないの。」と聞く人も少なくはなかった。しかしその中でも自分のお小遣いからお金を入れてくれたり、わざわざバスから降りて募金をしてくれたり、財布に入っていたお金を全部入れてくれた人も居た。「大変なのは日本だけではないものね、お互い助け合っていかないとね。」と声もかけてくれた。外はとても寒かったけれども私は皆の声や思いに心が熱くなり涙が出そうだった。募金総額はそれ程高くは無かったが、その箱には皆の思いが沢山詰まっていたように見えた。そのとき私は募金というのはその金額が大事なのではない、募金は皆の思いや願いを集める、見せる一つの方法なのだと思った。だから私はこれからも募金活動を通して皆の思いや助け合う心を人々に届けたいと思った。

大変なのは日本だけではないものね、お互い助け合っていかないとね。の言葉に感動しました。
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募金箱の向こうの私
37歳 団体・NPO 職員/千葉県 齋藤圭子さん
11歳の時父が交通事故で亡くなった。葬儀を終えて1週間ぶりに学校に行った時、先生に呼ばれ交通遺児の為の色々な書類と説明を受けた。「だからお前はお金の心配はせずに、これからもずっと学校で勉強していいんだからな。」そんな制度がこの世にあって、支えてくれるんだと初めて知った時、子どもの私はとても嬉しかった。その後私は4年生大学まで進み、無事卒業。社会人になり、交通遺児支援への寄付を毎年継続している。先日街頭でも交通遺児募金を見かけ、まっすぐに募金箱に向かった。そして「私も交通遺児基金で大学まで行ったので。」と心ばかりを託した。その募金箱の先に、本当に喜んでいる人間がいるのを知っているから。それは私であったから。その人の感謝は目立たないし表にも出ないが、遠い所の見ず知らずの人かも知れないが、あの日私が2人きりの教室で先生から言ってもらったありがたさを、また味わう人がいる事を私は知っているから。

父親を交通事故で亡くしたことで、交通遺児基金への様々な人からの寄付や募金によって支えられた嬉しさを機に、社会人となり今度は自分で毎年寄付や募金をし、支えられる側から支える側になっている。目には見えないけれど、人と人が繋がり、支え合っているということがとてもよくわかり、それはとても素晴らしい連鎖だと思った。また、この方は自分の実体験を元にしているので、寄付や募金をするに至るまでの理由が、とても明確でわかりやすい。
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銀貨に祈りを
29歳 教職員/山梨県 鈴木友美さん
小学校の保健室で先生となって6年。悩み事相談やちょっとしたケガ、具合が悪くなってしまった時や服が汚れて着替える時など、溢れんばかりに押し寄せる子どもたちと接している。元気いっぱいの笑顔たちとふれあう中、時々、ふっとよぎる光景がある。それは看護師時代に見た、生後数年で旅立つ命の数々と遺された家族の涙だ。それを思い出すたびに、いま目の前にいる数百の命が奇跡だと思える。
高校時代、世界にはワクチン1本が打てないために消えてしまう命があると知った。生きたい気持ちは平等、そして生きていてほしいと願う家族の思いも平等なのに…と言葉にできないほど衝撃を受けた。私はその後進路変更をして、子どもと命に関わる人間になろうと決めた。日々新しい発見や驚きに目を輝かせて成長している全ての命が、国境を越えて守られますように。今日も銀貨に祈りを込めて。

消えていった小さないのちは宝石のようにきらめいて鈴木さんを現在に導いてくれたのですね。たくさんの元気な日本の子どもたちを見つめながら、世界の子どもを思う気持ちに溢れ出す鈴木さんの人類愛、地球愛を感じます。
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寄付・募金などの支援の実感
16歳 高校生/広島県 石川誠さん
僕はコンビニの募金箱にお金を入れたり、災害にあった人へのニュースでの募金に一回送ったことがあります。しかし、本当に僕の募金した物は、届いているのだろうか?どんな形で役に立ったのか?全くわかりません。人のために何かをしたという行動力しかわかりません。
このことを考えていた時、あるニュースを見ました。そのニュースは震災にあった人に、物資が届けられていて、本当に助かった。ありがとう。と笑って受け取る人が映っていました。僕は、自分の考えが恥ずかしくなりました。人を助ける行動力だけでもいいじゃないか、どんな形でも、きっと届いている、そして笑ってそれを受け取ってくれる人がいるんだと思いました。
僕は、人を助けるのに理由はいらないという言葉を信じて、何か力になれるなら、積極的にやろうと思います。募金は確かに小っちゃい事かもしれないけど、入れることは何か大きく変えていくんじゃないかと思います。

ずいぶんよくなってきたとはいえ、寄付文化が十分に根付いているとはいいがたい日本においては、「いいこと」をするのに見えないハードルがいぜんとしてあるような気がします。
偽善的であるのではないか、こんなことをしても無駄ではないのか、あるいはうがった見方をして募金のお金の行方が不明瞭なのではないか… そうした見えないハードルが、ちょっとしたアクションを阻んでいるのではないでしょうか。
けれど、そんなハードルを超えるためにはさまざまなきっかけがあるということを、このエッセイは示してくれています。そしてそれには「告知」「可視化」していくことがいかに重要であるかということも教えてくれています。
報道を通し、善意のゆくえがどのようになっているか、見ることで気持が大きく変わったのですね。もちろん、そのためにはただ、報道をぼーっとみていただけではその変化は起こらなかったでしょう。ご本人の内なる善意と報道が、素敵な化学変化を起こしたのだと思います。若い世代と大人の努力の双方が、これからの日本を変えていくのだとこのエッセイを拝読して感じました。
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国際的な視点と身近な視点、双方が描かれていることで、世界と私たちの日常とのつながりを感じられた。また、息子さんへの教育もかねている長期的な思いも心を打った。こういう方々がいるから、世界と私たちの日常とのつながりは、進んでいけるんだと思った。